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姉様キングスの日々の行動をせきららにカミングアウトします…
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 スタバは外人6割、現地人4割てな感じですね。

 こっちにも、中産階級は結構いてて、
そんな人たちには、ちょっと高いけど、行けないことはない値段
なのです。基本、お酒は飲みに行きませんしね。

 13日の金曜日、こちらは1割くらいはキリスト教信者で、
それも結構敬虔な人多いですけど、
あんまり、そんな話は聞きませんね。
 
 それよりも、金曜日はイスラム教信者にとっては
大事なお祈り日なので、
9割がイスラム教のジャワではそっちの人の方が目立ってますわ。

 歌舞伎いいなあ〜。そっちにいたら絶対行きたかったです。

 蜘蛛の糸は昔、猿之助で見てて、そこから来てるはずですから、
演出は一緒ですよね?今の藤十郎のでもみたことあるある。

 僕は座頭が木琴弾くのが印象的でした。

 けど、早変わりは大好きなんです。
見たらすぐ、マネしたくなる…。(オバカ)
フィナーレは今回新たに演出したんでしょうね。
すごかったんやろうな…。(うらやましい〜)

 「値打ちある」も大阪的でいい言葉ですけど、
僕は東京で見たとき、横のおばちゃんが
「ああ。面白かった!」っていうたんです。
言葉はよく分からないけど、きれいでなんかすごく面白い。

 とにかく「楽しかった」って思ったみたいで、
僕らもこれやで!と思ったものです。

 さて、日記です。

 語学も体で覚え系やと思うので、気持ちよく分かります。


 インドネシア語は他の言葉と比べて比較的簡単だと言われている。

 実際簡単な言葉というのはない、という意見もあるが、
それでも、インドネシア語は日本語よりは簡単な気もする。

 まず、日本語のように、単語さえ並んでいれば、
会話はなんとなく理解できる。
で、時制というものがない。
過去形も未来形もなくて、あるのは副詞のみ。
「もう〜してしまった」という言葉で過去を表し、
「まだ〜していない」というので未来を表す、といった具合。

 表記はアルファベットをそのまま読んだらよいし、
2、3を除いて難しい発音もない。

 で、インドネシア語は、戦後この国が独立がしたときに、
マレー語を元にしてできたものなので、
地域によっては全くの外国語として受け入れた人も多く、
年寄りなどは未だにあまり堪能でない人もいるそうだ。
だから多少の片言でも「はぁ〜?」みたいな対応はしない。
辛抱強く聞いてくれる。
しかもバリ辺りへ行くとちょっと喋っただけで、
結構感心されたりもする。
ただし、ジャワでインドネシア語は、喋れて当然、
わたいら英語なんかできまへんで〜。みたいな感じだ。
 
 そのインドネシア語の中でも最大の難関は他動詞だ。
(と僕は思っている)
 
 まず、日本語で考えても、
他動詞がなんのこっちゃ、よくわかっていない。
学校で「目的語を持つ動詞」と習ったような気もするが、
それってどういうこと?という感じで、
さあ、これは自動詞ですか?他動詞ですか?
なんていきなり提示されてもよくわからない。

 日本語でわからないものがインドネシア語でわかる訳がないのだ。

 で、その他動詞だが、
インドネシア語では他動詞化すると基本「me」がつくので、
「me動詞」と呼ばれる。
しかし、ここからがややこしく、根幹の言葉の最初のスペルによって、
この「me」が微妙に変化する。

 たとえば、lihat(見る)はmelihatなのだが、
baca(読む)はmembacaとmemがつき、
arti(意味する)はmengartiとmengが付き、
pakai(使う)はmemakaiと変化し、
sewa(借りる)はmenyewaと奇妙きてれつな形になる…。

 まあ、これはややこしいけど、
頑張れば覚えられそうな気がするのだが、
もっとややこしいのは他動詞化すると
意味が全く変わってしまう単語がある。
で、みんな意味が変わるのかというと、
そうでもなく同じのもある。

 アシーに、意味が変わる単語と変わらない単語は
どれくらいの比率であるか聞いたら、
「うーん、半分くらいは意味が変わるんと違うかな?」という答え。

 例えば、「起きる」という意味の「bangun」は
他動詞になると「作る」みたいな意味に変わる。

 けれど、これはなんとなく分かる。
この場合の「作る」というのは、例文から想像するに「
何かを立ち上げる」という意味らしいので、
「起きる」とは根っこの部分ではつながっているのだろう。

 もうひとつ例を挙げれば「意味する」のartiは
他動詞では「理解する」。

 これも、何となくわかる。
意味していることを受け入れればそれは理解した、
ということなのだろう。

 中にはイマイチ分からないのもある。
「住む」という意味の「tinggal」は他動詞になると「死ぬ」。
なんで?

 これは、僕の想像であるが、このtinggal(住む)というのは、
「ひとところに止まる」という意味で使っているようだ。
例えば、僕は、今ソロのホテルでこれを書いているが、
僕は今ホテルに「tinggal」(住んでいる)とインドネシア語ではいう。
部屋に忘れ物をしたとき「○○を置いてきちゃった」
というのも「tinggal」を使う。 

 と、なると、魂が体から抜けてひとところに止まるのが
「tinggal」なのかな?とも思う。
ただし、これはインドネシア人の死生観とも関わってくるので、
何ともいえない。

 ここのところをアシーに聞くのだが
「なんでかわからんけど、とにかく意味が変わるのよ」
としか教えてくれない。

 その点、イカは理論的である。
「dorong」(押す)は他動詞になると「サポートする」
となるそうやけど、これはなんで?
と聞くと「メンタル的に、相手を押してあげる、
っていうのがインドネシアではサポートなのよ」と即答してくれる。

 なるほど、落語の「愛宕山」で
「飛びたけりゃ、飛んで行け〜」と背中を押すのは、
明らかにサポートだ、と一人納得したりする。

 両先生は一長一短で、なかなか面白い。
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